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おわりに

いままでごちゃごちゃとコラム形式で書いてきましたが、最終的な 結論は出せていません。結論が出せないことは当初から見えていた ことなのですが、書きっぱなしというのも良いことではないので 軽くまとめておこうと思います。
開始当初から私の中にあったことを何回かに分けてコラムという形で 提示したものとお考えください。ほとんど一方通行で申し訳なかった ですけれども、皆様におきまして何かしら考えるきっかけとなって くれれば幸です。

無償という形から

ゲームを始めとしたエンターテイメントコンテンツを「無償」という 形の「フリー」、つまりフリーウェアにすることですがこれはまったく 問題ないとでしょう。
全ては権利者によりますので、各人の判断次第です。

ただし、GPL等オープンソース系のコードを含んでいる場合、再配布や ソースの公開をせねばなりませんのでそれを考慮しなくてはいけない でしょう。

改変の自由という形から

GPL は大変素晴らしい思想の一つであり、これを指示することは良い 選択であると思います。
ですがその範囲はプログラムへの適用のみであり、ゲームを構成する 他の要素への適用は難しいと考えています。権利的にはそう指定すれば 良いので出来ないことではないのですが、それがソースコードと同じ だけのメリットを生むかどうかという部分については疑問です。
従来の著作物は改変の自由というものを認めていない場合が多く、 それにたいするメリットもあまり無いことから、過去のしきたりとの 軋轢も考慮する必要があるかもしれません。

プロジェクトという形から

オープンコンテンツにすることにより、他者の協力を求め、 ネットワーク上で共同作業を行なうという点に関してはゲーム等にも 十分応用ができるものと思われます。 特にゲームは様々なメディアが一つに束ねられて構成されているもの ですから、より多くの人々の参加というのは望ましいものだと思います。 ただ、それをやりたくなるような欲求というとちょっと弱いかも しれません。実際に物作りを始めると後は苦労の道ですから。

ゲームでオープンにできる部位

ソースコード、画像、音声、シナリオ等々、ゲームを構成する全ての 要素がオープンに出来るかという事を考えると、逆に全てをオープン化 する必要はないのではないかとも思えてきます。
ゲームを楽しむためのコンテンツ隠蔽性というのは別の問題になるので 取り敢えずおいておきますが、その他の部分オープンにしないほうが 問題が少ない部位があるのではないでしょうか。
では、どういった部分がオープン化できるか。一番なのは舞台設定と いった世界観なんだと思います。企画や仕様といった製作以前の設定 段階においては多くの意見を採り入れる必要がありますので、ここが もっともオープン化にふさわしいのではないかと思います。
企業にとってはその企画の部分がいわゆる他者との勝負どころになり ますので、商業ベースでは絶対に語られないところでもありますので。

Linux 上でゲームコンテンツはどうあるべきか

早い話、Linux 上だからといってゲームコンテンツがオープンである 必要は無いと思います。むしろオープン化する方が難しいでしょう。
ゲームにはゲームの都合があることをわざわざコラムという形で 書き起こしたつもりです。Linux 上ではオープンコンテンツが美徳と され、そうでないものは Linux に非ず的な風潮がありますが、 やはりそれが全てでは無いと。やむを得ずオープンになっていないもの もあるのです、そういったことを踏まえた上で取捨選択して いただきたいと思います。

時にゲームもプログラム、意図せずしてバグが混在する可能性があり ます。そしてそのバグが楽しいゲームプレイを阻害するという悲しい 結果をまねきます。
PC 用ソフトであれば後日パッチとしてバグフィックスできますよね。 それ自体良いことではありませんが、できるだけでも良いことだと 思います。
ですが、ソースが公開されていればユーザーが不具合に出会った際 ソースを読むことになりそれがバグであるということを発見できます。 場合によってはバグフィックスを自分の手でやってしまうかもしれま せん。それは理想かと。
というわけで、プログラム部分はやはりソースの公開とある程度の 利用許可がなされていて欲しいものです。

当サイトも設立時から「全コンテンツを GPL には出来ないのでタイトル 毎に利用権を定めます」としています。それを受けて「なんだ GPL じゃ ないのか、じゃいらない」と見捨てないでください。さみしいですから。 要するにそのさみしいという事だけが言いたいだけだったりして。


Dec.22.2000 れろれろ@ふみ(K.Kunikane)